徒然草(V)

2001.5.5

先日、山口市に行く機会がありました。

空いた時間に以前から行きたかった中原中也記念館を訪れました。

その記念館の一角に今年の中原中也賞の方の

本や略歴などが展示されたコーナーがあり、

その受賞者(外人の方でしたが)が影響を受けた詩人として、

一人の詩人の名前が記されており、思わずその前で立ちつくしました。

その詩人の名は私が学生の頃、お酒を飲みながら、

色々なことをお話していただいた老詩人のものでした。

もう亡くなられて十数年、まさかこんなところでそのお名前を拝見するとは……

めちゃくちゃ優しく、物静かで、とても戦争中に反戦を唱え、

捕まり拷問を受けても、屈しなかったようには見えない方でした。

その時、もうSだった私は、自分の性癖に少々の悩みを生じて、

そのかたに相談したことがありました。

その人は静かに最後まで聞いて下さり、

窓辺に射し込んでいる日の光を指さして、

「日の光に色はないように見えるだろ?

でもプリズムを通して見たら、七色に分解されるんだよ。

愛というのも一つにしか見えないけど、

その中には全ての色が含まれてるんだと思う。

そして一人一人のプリズムを通して表れるときは、

色々な色に分かれるんじゃないかな。

君の愛の色は僕とは違うが、表れ方が違うだけなんだろう。

君が、相手のかたを愛おしいと思ってすることは、

なんにも恥じることはないよ」

と静かな静かな口調でおっしゃたのです。

いまでもその時の東中野の一室ははっきりと思い出せます。

広島に帰って夢に出てこられた老詩人は、

何もおっしゃらず、黒縁眼鏡の奥の目を微笑ませながら、

軽く私の肩をポンと叩いて、猫背のままで歩いて行かれました。

心の師の言葉を思い出して)